大津地方裁判所 昭和45年(ワ)136号 判決 1971年4月19日
原告
上野正雄
ほか一名
被告
株式会社木村
ほか一名
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(原告ら)
一、被告らは各自原告らに対し各金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年四月一一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
三、仮執行の宣言。
(被告ら)
主文同旨。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、本件事故の発生
訴外上野真幸(以下真幸という。)は、次の交通事故により死亡した。
(一) 発生時 昭和四四年三月三一日午前一一時五〇分頃
(二) 発生地 大津市打出浜一三番一五号地先道路上
(三) 加害車 被告中村運転の軽四輪貨物自動車(六滋せ二五三四号)
(四) 被害車 真幸運転の自動二輪車(大津市ろ二一七号)
(五) 態様
真幸は、前記日時場所において被害車を運転して東進中、同方向に先行する被告中村が運転する加害車の右側を追い越そうとした際、被害車の左後部の方向指示燈付近が加害車の右前角部と接触し、そのため被害車の運転上の平衡が保てず同所付近にあつた鉄柱と激突して傷害を負い、このため同年四月一〇日午後七時五〇分頃死亡した。
二、身分関係
原告上野正雄は真幸の実父、同上野あい子は真幸の実母であり、各二分の一の法定相続分に応じて真幸の遺産を相続した。
三、帰責原因
本件事故は被告中村の次のような過失により発生した。
同被告は、本件事故現場である交差点を右折しようとしたのであるが、このような場合、自動車運転者としては後続車の有無を確め、交差点の中心の直近内側を曲る等して事故を未然に防止すべき注意義務があるのに、同被告はこれを怠り、交差点の相当手前から道路中央附近へ向け斜行し、そのため車体横のバックミラーに死角ができて自車の右後方の後続車は右のバックミラーで確認することができない状態であつたのに、後部或は横の窓から顔を出す等して後方を確認することなく、車体横のバックミラーのみにより後続車のないことを確認した程度で右折を開始し、しかも交差点の中心より相当手前から右折した過失により、真幸運転の被害車の発見が遅れ、本件接触事故を見るに至つたものである。
被告株式会社木村(以下被告会社という。)は本件加害車を運行の用に供していたものである。また、被告会社の従業員である被告中村が被告会社の業務を執行するにつき前記の過失により本件事故を発生させたものである。
従つて、被告中村は民法第七〇九条により、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条あるいは民法第七一五条により、名自本件事故による損害を賠償すべき義務がある。
四、損害
(一) 逸失利益
1 真幸は、本件事故当時満一七年で高校一年を中退し、家業のかまぼこ製造業に従事し、月額金一八、〇〇〇円を支給されていた。これは食費、住居費別の金額であり食住費を加えると、真幸の一か月の収入は政府の自動車損害賠償補償事業損害算定基準による真幸と同様の条件下にある者の月収金二二、九〇〇円を下るものでなく、少なくともこれと同額の収入があつたというべきである。生活費を五割とみて、これを右収入額から控除すると、一年間の純収入は金一三七、四〇〇円となる。
2 真幸の今後の就労可能年数は四六年であるから、この期間の得べかりし利益の総額から年五分の割合による中間利息の控除につきホフマン式(年毎複式)計算法を用いて真幸の逸失利益の死亡当時の現価を求めると、金三、二三四、三七一円となる。
3 従つて原告らの相続による真幸の逸失利益賠償請求権は各金一、六一七、一八六円となる。
(二) 慰藉料
原告らは最愛の子を失いその精神的打撃は大きく、慰藉料は各金一〇〇万円をもつて相当とする。
五、損害填補
原告らは自賠責保険金として金三〇〇万円を受領したので、原告らの前記各賠償請求権に金一五〇万円ずつを充当する。
六、結論
よつて原告らはそれぞれ被告ら各自に対し第四項(一)の金一、六一七、一八六円と同(二)の金一〇〇万円の合計金二、六一七、一八六円から第五項の金一五〇万円を控除した金一、一一七、一八六円を請求し得べきところ、本訴においては内金として各金一〇〇万円およびこれに対する本件不法行為時後である昭和四四年四月一一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求の原因に対する認否)
一、請求原因第一項記載の事実中真幸の死亡と本件事故との因果関係は否認するが、その余の事実は認める。
真幸は加害車と接触した後、自ら運転を誤り鉄柱に激突し、腹部を強打したために死亡したものであるから、右接触事故と真幸の死亡との間には相当因果関係はない。
二、同第二ないし第五項記載の事実は、原告らがその主張の保険金(正確には金三、一〇二、六二四円である。)の支払いを受けたことは認めるが、その余はいずれも争う。
(抗弁)
一、自動車損害賠償保障法第三条ただし書の免責を主張する。
(一) 被告会社および被告中村は、加害車の運行に関し過失はなく、本件事故は被害者である真幸の一方的な過失によるものである。
被告中村は、本件事故当時加害車を運転し、時速三〇ないし三五粁の速度で本件事故現場付近にさしかかり、右折のため交差点の約三〇米手前で右折の方向指示をなし、バックミラーにより後方の安全を確認して徐々に道路の中央に寄りながら、速度を時速約一〇粁に落して右折を開始したところ、後述するような無謀運転をしてきた被害車が接近して来る気配を感じ、同被告は急制動の措置を講じたが及ばず本件事故が発生したものである。
真幸は、本件事故当時自車の後部座席に二人同乗させ、時速約五〇粁で道路の中央よりも右側を走行し、交差点において右折の合図をして既に右折を開始した加害車を右後部から追い越そうとして交差点内で接触事故を起こしたものである。
右のように本件事故は真幸の自動二輪車の定員外乗車、道路の通行区分違反、交差点における追い越し禁止違反、追い越しをする際の遵守事項違反の追い越し等、交通法規を全く無視した無謀運転のため発生したものであり、事故の原因は真幸の一方的な過失に因るもので、被告中村には何らの過失はない。
(二) 事故当時加害車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。
二、前項の免責の主張が仮に認められないにしても、真幸の前述の過失は損害額算定の際斟酌されるべきである。
(抗弁に対する認否)
抗弁第一項記載の事実中被告中村が無過失であつたとの点は否認する。
第三、証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因第一項記載の事実は本件事故と真幸の死亡の間の因果関係を除いて当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によると、右争いない事実のように被害車と加害車との接触により真幸は自車の運転上の平衡を失い、そのまま態勢をたて直すこともできずに失走して同所附近にあつた鉄柱と激突し、このとき被害車のハンドルで腹部を強打し、ために十二指腸が損傷し、これに基因する穿孔性汎腹膜炎により死亡したものと認められるから、本件事故と真幸の死亡との間に相当因果関係がないとはいえない。
二 そこで本件事故の原因について考える。
〔証拠略〕を総合すると、
本件事故現場は、琵琶湖埋立地の湖岸を東西に通ずる歩車道の区別ある幅員約九・一米のアスファルト舗装道路と、南方に通ずる中央分離帯があつて片側車線の幅員が約五・二米のアスファルト舗装道路とがT字型に交差する所で、事故時この付近の交通量は少なかつた。東西に通ずる道路は直線をなしていて見通しは良く、事故時は晴天で道路は乾燥していた。
被告中村は加害車を運転して東西に通じる道の中央よりやや左よりのところを時速約三〇粁で東進し、交差点で右折して南方に通ずる道路に入るため、交差点の中心から約四三米手前で車体横のバックミラーで後続車のないことを確認してから、速度を落としながら右折の合図をして道路中央へ寄つて行き、約一三米手前の所で再び右のバックミラーで後方の安全を確認してから右転把して時速約一〇粁で交差点に進入した時に、加害車の右前角部に後述する様な運転をしてきた真幸の自動二輪車の左後部が接触して本件事故が発生した。
真幸は、被害車に友人二人を同乗させて東西に通ずる道路の中央付近を時速約五〇粁で加害車と同方向に進行し、前記のように交差点の手前で右折の合図をし、交差点内で右折を開始している加害車をその右側を通つて追い越そうとして接触しそうになり、あわてて右にハンドルを切つたがわずかに避け切れず、被害車の左後部の方向指示燈附近が加害車の右前角部に接触し、そのはずみで平衡を失い態勢をたて直すことができずにそのまま失走して接触地点の右前方十数米の道路横にあつた鉄柱に激突して重傷を負い死亡するに至つた。事実を認めることができる。
右認定にかかる事実関係からすれば、被告中村は交差点で右折するにあたり、右折の指示をし、二度にわたりバックミラーで後方の安全を確認しており、自動車運転者としての注意義務を一応果していると考えられるが、ただ原告らが主張するとおり交差点に至るまでの間の相当距離を斜行しているのであるから、右転把する時の後方の安全を単に車体横のバックミラーだけに頼ることなく、さらに他の方法、例えば側窓から顔を出すなどしてもつと確実に後方の安全を確認し、さらに右折の仕方ももつと交差点中心の直近内側を通過するようにしておれば、あるいは本件事故の発生を未然に防止できたと考えられないこともない。
しかしながら、真幸は被告らの指摘するとおり、自動二輪車を三人乗りで道路の中央付近を時速約五〇粁以上の高速で走行し、交差点において右折の合図をして既に右折の態勢にある加害車をその右側を通過して交差点内で追い越そうとしたものであつて、これは道路交通法規により自動二輪車の運転者に課せられている基本的な遵守事項に著しく違背しており、もし真幸がこれらの遵守事項を忠実に守つておれば、本件事故の発生を未然に防止できたであろうことは明らかであり、本件事故について、真幸に重大な過失があつたものといわざるをえない。
したがつて、仮に被告中村に過失があるとしても、その程度は被害者である真幸の過失の程度と比較した場合には軽微なものであり、いかに大きくみても四割をでることはない。
そうすると、右真幸の重大な過失は損害額算定において斟酌せざるをえない。原告らの被告らに対する損害賠償の請求額が仮に原告ら主張のとおりであるとしても、その額について右過失の割合により過失相殺すると、被告らに対して請求できる損害額は、原告らが受領したことを自陳する自賠責保険金三〇〇万円を越えることはないから、結局原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由のないことに帰する。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石井玄 上田豊三 木村修治)